小川聡クリニック

院長の独り言

第11回心房細動発作も気象病?

気圧、寒暖差、湿度などの変化によって引き起こされる体の不調を「気象病」と呼び、最近注目されています。主に原因不明の頭痛、片頭痛、倦怠感、血圧低下、動悸等、いわゆる「自律神経失調症」と漠然と言われていた病状の一部が気象病で説明される様になっています。心房細動の発作も自律神経である交感神経と迷走神経のバランスの乱れから発症することは良く知られていますが、「気象病」に含まれるものかどうかはこれ迄明確でありませんでした。

今から20数年前のことですが、当時慶應病院に通院中の発作性心房細動患者さんから、「ハワイ旅行中には発作が全く出なかったのに、羽田に戻ってきた瞬間からまた再発しています!」と伺い、「ハワイは気候が安定してますからね」と答えた記憶があります。以来、診療の中で天候と心房細動発作との関係を実感するケースは多く、台風のせいとか、お天気が悪いせいですね?と半分冗談混じりで説明することもありました。心房細動患者さんを多く診られている先生方も同じ印象を持たれていることかと思います。ところが、これ迄、天候と発作との関連性、まして心房細動も気象病の一種なのか、に関してきちんとした検討はなされてきませんでした。

その一番の理由は、心房細動発作が再発する時刻とか頻度を正確に捉まえることができなかったことにあります。確かに、不整脈に伴う頻脈や動悸から発作が疑われますが、それが本当に心房細動だったかどうかは、その瞬間に心電図を撮らなければ確認できません。心房細動以外の様々な不整脈でも似た症状が起きることもありますし、後日受診した際に医師に申告しても日時を正確に記憶しているとも限りません。今や、気象庁から様々な気象データが公表されていても、それと対比できる発作の資料がなかったと言えます。そこに登場したのが、自身で簡単に心電図を記録できるアプリを搭載したApple Watchです(2021年11月)。元来、心房細動の早期発見を目的として開発されたアプリですので、診断精度も高く、心房細動診療に大きな変革をもたらしてきました。現在では、多くの患者さんが自身で記録した心房細動発作の時刻をきちんとデータに残して受診され、また当院の有料会員システムではLINEWORKSを介してデータを送信する様になっており、診断のみならず、治療効果の判定や治療法の決定に大きく役立っています。

小川聡クリニックでは、早速Apple Watchで得られた知見を心房細動発作の誘因としての気象変動に関連づける検討を始めました。その結果、まだ予備調査の段階ですが、気象変動、特に気圧の低下と密接に関係している発作があることを明らかにできました。同じ発作性心房細動の患者さんでも、すべてが「気象病」と考えて良いものばかりではなく、関連性の薄い発作もありますが、発作の7割くらいが気圧の変動と関連している症例もあります。従来の様に、過度な飲酒、過労、睡眠不足と並んで、治療、予防を考える上で「気象病」の重要性が明らかとなっています。今回の検討にあたっては、慶應医学部の同門で現在公立福生病院脳神経外科部長の福永篤志先生のアドバイスを頂いて進めております。福永先生は脳血管障害と気象との関連を長年研究されており、それが高じて気象予報士の資格も取られています。

外来通院中で、Apple Watchで発作が確認されている20例(男性18例)(年齢35〜87才、平均66.4才)について、昨年8月から10月迄の3ヶ月間に亘って発作再発状態を見たものが図1です。92日間中67日(72%)は発作が無いかあっても一人だけでしたが、3〜5人が同時に再発を起こしていたピークがクラスターの様に何カ所か見られます。3人が16日、4人が5日、5人が7日間でした。20人中4〜5人もが同じ日に再発を起こすと言うのは偶然の一致とは思えません。そこで今回の主題である気象データとの関連を見てみました。代表例として、図1の10月12日から23日のクラスター部分の気圧データを図2に一緒に示します。

図1

図1

図2

図2

気圧と言っても、一日の中で最高気圧、最低気圧があり、その気圧差や変化度等色々指標は取れますが、従来からの経験で台風や雨模様との関係を見るために毎日の最低気圧の変化をここでは表示し、発作のクラスター状態と対比させました。赤の折れ線が毎日の最低気圧の変化で、青の棒グラフが発症人数です。最低気圧が数日間隔で大きくアップダウンしてるのが判ります。高い日で1,015ヘクトパスカル(hPa)から1,020hPaを示し、低い日には一気に低下して1,005以下さらには1,000hPa以下となり深い谷底を形成してます。ここではこの2つの谷底に一致してクラスターが形成されています。10月15日には998hPaまで低下し、4名で発作が発症してます。10月18日には1,017hPaあった最低気圧が、二日間で一気に999hPaまで低下しており、18日には3名でしたが、19、20日には5名、21日にも4名のクラスターを形成しています。この時期(10月21日、22日)は東京を寒冷前線が通過していたようです。15日以後、21日以後は最低気圧の上昇に伴い、人数が減少しています。一日に4人、5人の発作が重なっていたクラスターは3ヶ月間で12日ありましたが、そのうち8日間がこの気圧が急激に下がる谷間と一致していました。図1の9月7日も5人のピークになっていますが、この時も9月3日に1,010hPaあった最低気圧が6日には1,001hPa(7日は1,004hPa)まで低下しています。この時には、9月5日に南海上で発生した台風13号が北上し7~8日に関東地方に豪雨をもたらしていました。

以上、今回の予備調査で心房細動発作の発生に気圧の低下が深く関わっていることが示されましたので、さらに大掛かりの調査を実施して、将来的には発作の予知、予防に生かしていきたいと考えています。Apple Watchで心房細動の日常管理をされていて、この調査に関心をお持ちの方がいらしたら、当クリニックでのデータ収集にご協力いただけると幸いです。