小川聡クリニック

院長の独り言

第4回「心臓弁膜症の原因も時代とともに変遷します
〜原因によって対応も異なります〜」

心臓弁膜症は、昔は小児の病気のリウマチ熱が原因で発症するいわゆる「リウマチ性弁膜症」が大多数を占めていました。炎症で弁膜が障害され、そのまま成人となり徐々に病状が進行するのが特徴でした。長い年月の間に手術が必要になるような比較的慢性の病気でした。私のフレマン時代の1970年代は循環器内科病棟は、この「リウマチ性弁膜症」、中でも僧帽弁狭窄症で心不全に陥った高齢の入院患者さんであふれていました。耳にタコができるほど弁膜症の心雑音を聴いて、聴診の勉強ができたのもこの頃です。その後リウマチ熱がほぼ制圧された関係で、今や70歳代以下のリウマチ性弁膜症を見る機会は殆どなくなりました。その代わりに増えてきたのが非リウマチ性弁膜症です。加齢で弁が硬くなって発症する大動脈弁狭窄症や腱索断裂による僧帽弁閉鎖不全症などです(「院長の医学講座」シリーズV−第3回「心臓弁膜症ミニ知識」を参照ください)。これらは、リウマチ性弁膜症と異なり、急激に病状が悪化することがあり、その時点での対応如何で命取りになることもあるので、急を要します。弁膜症は、原因を含めてその診断だけでなく、それを放置しても良いのか、定期的に経過を見る必要があるのか、はたまた直ぐにも入院して心臓カテーテル検査を受け、その結果次第では外科手術になるのか、そういう諸々の判断が最初に診た医師に求められます。

「この1週間くらいで、ちょっと動いただけで息苦しさを感じる」と訴えて来院された40歳台の患者さんがいらっしゃいました。それまでは全く健康で、運動もしていた方です。「問診」からはいろいろな病気が念頭に浮かびます。診察室に坐っていただくと、「視診」で首の静脈が怒張していることにすぐ気づきました。「心不全」の兆候です。背中の「打診」をしたところ、右側に胸水が溜まっています。肺が空気で満たされていると、叩くとよく音が響きますが(鼓音)、水が溜まっている部位では響きません(濁音)。これも心不全の結果です。聴診器を当ててみたところ、特徴的な心雑音が聴取できました。弁膜症です。それも比較的急性(最近)に発症した弁膜症で、僧帽弁を支える腱索という細い糸が断裂したための急性僧帽弁閉鎖不全症が強く疑われました。第2音の肺動脈弁成分が強く亢進しており、肺高血圧症を合併していることもわかりました。心エコー検査でも「僧帽弁腱索断裂症」が確認でき、すぐにも手術治療が必要と判断し、そのまま信頼する心臓外科医にお願いして緊急手術(弁形成術)をしてもらい、2週後には無事に職場復帰できました。2、3日対応が遅れていたら命も危ない状態でした。

この「僧帽弁腱索断裂症」は突然発症することもありますが、「僧帽弁逸脱症」から進展する場合が多いようです。痩せ型の若い人によく見られる弁膜症で、生まれつき僧帽弁とそれを支える腱索が華奢なため、左心室が収縮して大動脈に血液を送り出す際に、本来きちんと閉鎖してないといけない僧帽弁が緩んで、左心房側に膨隆してしまい、弁尖の間に隙間が生じて左心房へ血液の逆流が起きます。逆流を伴わない軽症のこともあります。特徴的な聴診所見がありますので、多くは健康診断の際に耳の良い(聴診能力の高い)先生に出会えると、診断されます。ほとんどは一生何もトラブルを起こさずに過ごせるのですが、心臓は1日平均10万回収縮と拡張を繰り返しており、弁にかかる荷重はかなりのものです。パラシュートのロープのように弁を支える腱索ですので、年齢とともに次第に劣化し、途中でプツンと断裂することがありえます。断裂する部位、本数によっても異なりますが、閉鎖不全症が悪化します。普通に生活していても起こりえますし、何か重いものを持ち上げたり、息張った時などに弁に圧がかかって断裂することもあります。一般的には健康診断で見つかるような、聴診で異常が出るほどの僧帽弁逸脱症の場合には、まずは一度心エコー検査を受けます。あとはその程度によって、半年から1年ごとに定期的に検査を繰り返し変化がないかどうかチェックしてもらい、悪化の兆候が見られれば対応することになります。最近では、僧帽弁形成術や切れた腱索を修復する低侵襲手術が進歩しており、あまり病状がひどくなる前に手術をする傾向になっています。前述の40歳台の男性も、以前から僧帽弁逸脱症を持っていた方かもしれません。定期チェックをしていれば、心不全を合併するほどの重症の「僧帽弁腱索断裂症」を起こす前に対処できたかもしれません。とにかく早期診断、早期治療が大事です。